私の探求 「三 太 と 父」 Ⅱ
そんなある夜、父は三太に肩車をしてやると言いました。外は月が青く光ってきれいな夜でした。ふくろうが盛んに鳴いていました。
「三太、お父のこと好きか」
黙って歩いていた父がふと肩の上の三太に言いました。
「うん」
「じゃ、お父とお母とどっちが好きだ」
「どっちも」
三太はおかしなことを聞く父だと思いましたが、とっさに答えました。父はそれには何も言いませんでした。そして水路に沿って歩き続けました。裏山の池の方へ行くようでした。三太は久しぶりの肩車でうきうきしていました。母がいた頃の父のような気がしました。
「お父、今度、通信簿で五をとったら何買ってくれる」
三太は以前通信簿で五をとったとき、模型飛行機を買ってもらったことを思い出して言いました。
「そうだなー。何にするかなあ」
だが父はそういったきりまた黙ってしまいました。そしてしばらくすると「お母と一緒に暮らしたいか」と聞きました。
「うん、暮らしたい」
三太は心躍らせて言いました。ほんとにそんな日が来たらいいなーと父の肩で小躍りもしました。
池の小道に来ました。裏山の池は三ッ池といって、池が段々に三っ並んでいました。
三太は三ツ池では絶対泳いではいけない、河童が住んでいて足を引っ張られるからと父に言われていました。昼間でも薄気味悪い池でした。
三ツ池は月明かりに青黒く静まり返っていました。池のふちには葦が茂り、今にも何かが出て来そうな気配でした。三太は黙って歩き続ける父の頭に思わずしがみついていました。ふくろうが大きな声で鳴いていました。
「三太、三ツ池のお地蔵さんを知ってるか」「肩車のまま池のふちに腰掛けた父が言いました。三太は池の小道にある祠を思い浮かべました。小さな祠には二つの地蔵が並んで立っていました。
「あのお地蔵さんはなあ、あれはお父がまだ小さいときのことだったが、下手の部落の女の人が、子供を体に縛り付けて、三ツ池に飛び込んだんだ。遺書から村の人が三日三晩、池の中を探したが見つからなかった。警察はこれでは水を落とさなければならんと言い、村の人は河童のたたりが起きるといって恐れた。だが水落としの作業が始まった。昔からどんな日照りでも干上がったことはないといわれるだけあって、底が見えるまでに丸二日かかった。そうしたら一番下の池の水取口で死体が見つかった、それは恐ろしいほどふくれあがった二つの遺体だった。お父は今でもそのときのことを思い出すが、あのお地蔵様はそのとき、村の人が母と子供を悼んで祀ったものなんだ。」
父はしんみりと話した。いつしか三太を膝の上に座らせていた。三太はあらためて三ツ池を薄気味悪く見つめた。
「お母はどうしているだろうなあ」
ポツリと父が言った。
「お母はどこへ行ったの」
三太は無性に母が恋しくなった。
「どこへ行ったったのか分からん、でもきっと帰ってくる。お母は家を出るとき三太も連れて行くと言い張ったが。お父は反対したんだ、女手一つで二人の子供は食わせていけないからな」
「うん」
「なあ、三太お父は一生懸命働いてお母と一緒に暮らせるようにするから、養護施設へ行ってくれないか」
父は突然に三太を肩車から下ろし、抱きしめて言いました。
「いやだ、絶対いやだ、どんなことをしたってお父と一緒にいたい」
三太はこれ以上寂しくなるのはたまらないことでした。
「三太、お父は働きに出ようと思う。山奥のダム工事だ。いい金になる。お父は一生懸命働いて、一年もすればお母たちと一緒にくらせるようにするから、三太行ってくれ」
父は、以前から養護施設は親のない子や、貧乏な家の子が行くところだけど、三日に一度は肉が食べられて、いい服も着せてもらえるといっていました。
「いやだ、僕はいやだ」
三太は声をあげて泣き出しました。
「三太はどうしてわからんのだ」
父はおこったように言いました。
「どうしてもいやだというのなら、今ここでお父と一緒に三ツ池に飛び込んで死ぬか」
父は本当に飛び込むように、三太を抱え立ち上がりました。
「いやだ、いやだ」
三太は足をバタつかせました。
「三太いい子だから、正月には何でも好きなもの買って持っていってやるから、少しのしんぼうだ、もう四年生なんだし、頼む三太」
父は泣いていました。
三太も一緒に泣いていました。お父も、お母も好きだ、いつも一緒にいたい、でもお母を呼び戻すためには、お父が精出して働かないといけない。
「わかったな、三太は強い子だ」
そういうと父は三太を抱きかかえ、また肩車をしました。
「山田の、なーあかの一本足のかかし、天気のよいのに、みのかささして----」
父は泣きながら歌っていました。
翌日、三太は学校へ簡単な挨拶をすますと、カバン一つを背負って、父と一緒に養護施設へ行きました。
それから数日後、三太は父が酒によって三ツ池で死んだことを聞きました。
1975、3
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