談話集 (アリアノス記録) エピクテトス( 55年 - 138年)
世界文学大系
ギリシャ思想家集
談話集 (アリアノス記録)
エピクテトス
長坂公一 訳
神が人類の父であることから、どのように結論を得たものだろうか
たしかに出来損ないではあろう。だが同時にきみは、ちっぽけな肉の塊に過ぎないよりは、もっとましな何ものかを持っているのだ。だのに、なぜそれを捨てて、取るにも足らぬ肉塊に取りすがっているのか。
哲学は何を請け合うのか
木材が大工の素材であり、青銅が鋳像家の素材であるような意味で、人生をあつかう術には、めいめいの自身の生活こそ、素材なのだからね。
犬儒主義について
そこで要するにだ、まずきみは、きみ自身の本心を清らかに澄ませ、次のような人生観を、身につけなければならない。「いまやわたしには、わたしの思考力こそ素材である。さながら大工にとって木材が、靴屋にとって革が素材であるようにだ。そして想念を正しくあやつるのが、わたしの務めだ。しかし五尺の身体は、わたしには何物でもない。身体の諸部分も何物でもない。死だって。来たい時来ればよかろう。――」
われわれの一存できめられない事柄には、執着すべきではないということについて。
「わしに、わしのものと、わしのでないものとを教えてくださった。財産はわしのものではない。同胞、家族、友人、名声、馴染みの場所、談論、これらはみなよそのものだと教えて下さったのだ」
「では、あなたのものは何です」
「想念をあやつることだ。これこそ、わしが妨げられも強いられもせずあやつれる、わしの持ち物だと教えて下さった」
「わたしは死すべきわたしであることを知っていた」
「旅立つわたしであることを知っていた」
「追放される身であると知っていた」
「獄舎につながれる身であると知っていた」
「それは、選択の余地を絶する領域、わたしのものでない領域からだ。だとすればわたしに何のかかわりがあろう」
手短に
エピクテトス
長坂公一 訳
五
ひとびとの心を乱すのは、物事ではなく、物事についての想念である。たとえば死は何も恐ろしいものではない。さもなければソクラテスにも恐ろしく思われたであろうから。むしろ死についての、死は恐ろしいものだとする想念、それが恐ろしい当のものである。
一一
何事についても、『それを失くした』とは決していわないように。むしろ『お返しした』というがいい。子どもが亡くなったのか。それは返されたのだ。妻が亡くなったのか。返されたのだ。
二一
死や、追放や、すべて恐ろしく思われるものを、日ごとにきみの眼前に思い浮かべよ、中でも特に死を。そうすれば、決して何か卑しい考えをいだくことも、何かを過度に要求することもないであろう。
エピクテトス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
想像画エピクテトス(Επ?κτητο?, 55年 - 138年)は、古代ギリシアのストア派の哲学者。フリギアのヒエラポリスで生まれたと考えられている。母親は奴隷階級だったらしく、自身も奴隷としてローマ帝国の皇帝ネロのもとに売られる。ローマでは彼の生活は不健康だったという。89年から95年の間に皇帝ドミティアヌスに追い出される。亡命後ニコポリスで哲学の学校を開く。皇帝ハドリアヌスも訪問した。ここでアレクサンドロス3世の伝記を書いたアッリアノスは勉強した。
エピクテトス自身は著作を残さなかったが、アッリアノスがエピクテトスの論文を書き写していた。
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